ロスアンゼルス鍼灸研修の報告と感想  ~アメリカで日本の鍼灸治療を求める人々~

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当ブログへの掲載が遅くなりましたが、今年のゴールデンウィークロスアンゼルス鍼灸研修に行って参りました。日本でお世話になっている徳島の大上勝行先生という著名な方がLAの日系人鍼灸師会から講演会を依頼されたのですが、そこへ同行させて頂き、向こうの方々と一緒に講義を受け、見聞を広げて参りました。アリゾナ、テキサス、カナダのバンクーバーなど、カリフォルニア州以外からも熱心な鍼灸治療家が集まり、熱心に講師のお話と実技披露に耳目を傾けました。

 

 

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(講義を熱心に聞く受講生たち。通訳の方が優秀で皆大助かり。)

 

 

彼らが日本の受講生と違うのは、その質問の積極性とレベルの高さです。日本人の場合、「こんなこと聞いたら馬鹿にされるのでは」とか「叱られるのでは」とか、「こんな質問してもし講師が答えられなかったら恥をかかせるのではないか」とかの忖度が働きます。狭い村社会で嫌われることを極端に恐れる文化背景のせいでしょうか。その結果、ただ一つの質問もないまま静かに終了、という滑稽な勉強会もあります。

 

 

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(脈診の実技講習)

 

そういう現状にいつも物足りなさを抱いていた私にとって、アメリカの人たちの遠慮ない質問ぶりはとてもすがすがしく好感の持てるものでした。彼らの思考は、「理解できないから質問して教えてもらう」というシンプルなものなのです。

 

 

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(診察学の基礎講座)

 

アメリカで教育が行われ、実際に採用されている鍼灸治療は、主に現代中国医学中医学)に基づくものが主流で、いわゆる「経絡治療」に代表される日本的な方法はごくごく一部の人によってしか行われていません。これは人口の多さもあって世界中どこへいっても勢力を持っている中国人のネットワーク力に力負けしていることも一因でしょう。

 

しかし、実際にそういう状況下にあるアメリカにおいて、敢えて日本式の鍼灸を学びたいという方がいるのはとても興味深いことです。彼らにこの辺りのことを尋ねてみたところ、皆一様に初学の頃は、身の回りに学ぶ機会の多い中医学から入るのですが、何らかの理由があってそのやり方では満足できず、より詳細、繊細な診察・治療方法を求めて日本の鍼灸を学びに来られているということが分かりました。決して中医学式がおおざっぱというわけではありませんが、治療家というものは自分の治療を深めてゆくにつれて、求める方向性に違いが出てくるものです。

 

 

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(お昼ごはん風景。この日はタイ料理)

 

ここで「日本の鍼灸」と言っているやり方は、主に戦前(昭和10年代)に柳谷素霊とその高弟の先生たちによって根本から再構築された古典的な方法を指しています。鍼を打つたびに微妙に変化する脈の状態を確認し、次に打つ手を考えると言う日本人の感性に基づいたとても慎重な方法を取ります。

 

 

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(講師と受講生全員での記念写真)

 

 

鍼灸は日本のやり方も、中国のやり方もそれぞれに難しいもので、どちらが優れているなどと一概に言えるものではありません。ただ、どちらでのやり方でやるにしろ、大切なことは刺激量(ドーゼ)をオーバーしないということです。患者さんひとり一人の身体状況に合った鍼灸治療をせねば、却って敏感な患者さんをしんどくさせてしまいます。経験値の少ない者がベテランの真似をして、いい加減な治療をすると、たちまち適正な刺激量(ドーゼ)をオーバーしてしまい、治療は失敗します。巷にはほとんど知られていませんが、鍼灸というものは診察も治療も本当に難しいのです。

 

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(アメリカの鍼灸師漢方薬も扱えます。)

 

余談ですが、一般の人が鍼灸についてほとんど知識がないのは、一説にはNHKが全く触れようとしないことにあると言います。NHKの流布する情報は西洋医学に偏していて、私などは日頃悔しい思いをすることも少なくないのですが、考えて見ればこれも理解できなくはありません。

 

鍼灸はその診察と治療があまりに奥深く難しいので、施術する人によってその効果がまさに「月とすっぽん」ほども違ってきます。長年の臨床経験に基づき、素晴らしい治療をする先生がいるかと思えば、免許取得以後はほとんど勉強しないで理論的根拠のないお粗末なことをしている者も少なくありません。

 

国民の常識を作る公共放送としては、そんな不安定であいまいに見える医療を、ひとまとめに「鍼灸」として世に紹介するわけにはいかないのでしょう。この点、西洋医学の診察・治療は全国どこへ行っても共通している点が多く、その意味で安心できます。

 

とにかく、アメリカの学生さんたちは、熱心でまじめで、日本から行った我々も大いに影響を受けて帰って来ました。

 

もうひとつの反省点は、私自身の英語力の問題です。日常会話はある程度はできても、専門の鍼灸医学、漢方医学について掘り下げた議論、質疑応答をするだけのレベルには到達していなければ、本当の意味で彼らと交流することはできません。そこで帰国してからラジオ講座を聞き始めています。一緒に行った友人たちも私の勧めで聴いているそうです。NHKのお世話になっているのです。

 

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(最終日のレセプションパーティにて。)