夏井いつき先生主催「俳都松山 俳句ポスト365」投句状況報告 第2弾

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 約一年前に当ブログで報告しました「俳句ポスト365」への投句の評価状況の続きです。昨年4~8月の期間は、登録販売者試験の勉強に集中していましたので、俳句はほとんど作っていませんでした。片手間で作れるものではないのです。心のエネルギーを持続的に集中させておかなければ俳句はできません。

 

 前回も書きましたが、評価は「天」「地」「人」「並」の四段階。ここに入らないのは番外で不合格です。毎回全国から数千句が集まるようです。一万句を超えることもあるでしょう。先生一人でこれらすべてに目を通し、一瞬でランク分けをされているのですね。すごい手腕だと思います。ありきたりな句は一瞬で蹴落とされます。キラリと光っていなくては、目に止まりません。

 

「天」は最高点の一句のみ。

「地」はそれに準ずる九句ほど。

「人」はさらにそれに準ずる数百句。ここに入るもの至難の業。

「並」は文字通り月並みの句。でも不合格ではなく、俳句として体裁を整えている合格点ぎりぎりのレベル。しかし、数千句の上位10%に入っていると思うとなかなかのものだとも思います。ここに入るのもまた至難の業なのです。

 

 昨年秋から今に至るまで、新たに「人」に入選した句を発表します。(俳句の横書きはパッとしませんが)

 

食み痕に茸の香ほのとけもの道

 

レモン苦し同窓会へ出る決心

 

居候が初冬の爪を切っている

 

落ち葉掃く尼僧の英語透きとほり

 

かーなびのこゑがちがふゆきをんなではないか

 

雪女のこゑてふ昭和のレコオド

 

前回ここで発表した

 

枇杷の咲く病欠明けの通ひ経

 

と合わせて、「人」は、合計七句となりました!じゃん!

 

 自分でいいと思ったものが評価されず、そうでもないものが評価されることも往々にしてあります。なんとも難しいものです。

 

石田鍼灸 京都北山

 

 

木戸正雄先生主催 「天地人治療会」 第4回&忘年会

 2019年師走、東京渋谷 日本鍼灸理療専門学校にて、変動経絡検索法(VAMFIT)で有名な木戸正雄先生による「天地人治療会」が開催されました。我々鍼灸師の中でも特に、「経絡治療」を行っている治療家には非常に有効な学習会でした。本年度も、はや第4回となり、私の東京通いも4回目となりました。

 

 この会は免許証を持っていない学生は入会できません。これには理由があります。国家試験で記憶すべき内容と異なったことも教えているからです。学校教育のカリキュラムで教えている内容の中には実際の臨床と合致しないことも含まれているということを示唆しています。

 

 2020年2月の第5回で一年のカリキュラムは一旦終了し、また初夏から次年度がスタートします。脈診や切経(体表への触診)だけでは特定しがたい変動経絡を特定し、治療対象にすることができることで有用なVAMFITですが、講習会では著書に書かれていないことも多々登場し、日々の臨床にとてもためになります。

 

 同日夕刻から近隣のおしゃれなイタリア料理店で開かれた忘年会も多くの出席者の先生方と直接交流でき、とても有意義に過ごすことができました。

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石田鍼灸 京都北山

弘法大師空海の故郷、香川県善通寺の宿坊に泊まる

 お寺の名前がそのまま市の名前になっているほど、善通寺は由緒正しい大寺院です。同寺院のホームページでは、「京都の東寺、和歌山の高野山とならぶ弘法大師三大霊跡のひとつ」と紹介されています。目の前に比叡山を望む京都市に生まれ育った自分には、傳経大師最澄の方が馴染み深く、こちらのお寺のことはまったく存じませんでした。

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 訪問のきっかけは、治療に来られる患者さんのお話でした。ちょうど、この七月に私が同じ香川県の塩入温泉で治療合宿に参加していた時、その方は善通寺にて別のセミナーに参加されていたというのです。  

 そのセミナーというのが、仏教ではなく、ヒンズー教に関するものだったとのことで俄然興味を持ちました。排他性の強い宗教の世界にあって、他の教えを尊重し、場所を提供するという宗教が本来持つべき姿勢に感銘を受けたのです。釈迦もヒンズー教徒であったということですから、根っこは一つという考えに基づいているのでしょう 

 更にお話を伺うと、敷地内には「いろは会館」という宿坊があり、誰でも宿泊できるとのこと。「是非一度お泊りになられるといいですよ」と言われます。調べてみると、この十月から宿泊料金が格段に値上げされるということが分かったので、この機会に!と電話してすぐに予約を入れました。

 日曜日には鍼灸学の定例の講習会を琴平で受講し、その後、夕方から善通寺へ向かいました。当初はJRを利用しようと考えていましたが、運よく先輩受講生のYさんが自家用車で送って下さいました。駅からお寺までは近くないので大いに助かりました。

 お礼を言って車を降りた私の目に飛び込んできたのは、そびえ立つ五重の塔、その威容は東寺に引けを取らないほどです。ここは空海がお生まれになった言わば聖地なのです。 

 本堂に参拝した私を驚かせたのは、ご本尊が薬師如来であったことです。と言うのも、これからまさに私自身がお薬の勉強にも力を入れて行こうと決意した矢先だったからです。なんというタイムリーなことでしょうか! 

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 参拝の後、目の前の売店でこんなものを買いました。f:id:tacoharumaki:20190911181711j:plain

 

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  帰ったら早速飲んでみようと思います。

 

さて、日曜日でもあり、他の宿泊客は二組のみで、いろは会館は閑散としていました。案内されたお部屋は十畳もあり、どこに布団を敷いたらよいのものか、一人では持てあます広さです。部屋の大きな窓からは、戸外に立ち並ぶ伽藍の甍が幾重にも折り重なって眺められ、お寺に宿泊していることを思い出させてくれます。

 

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 お風呂も大浴場の温泉で、貸切状態でゆっくりできました。夕食は「準」精進料理といった感じで卵や魚も含まれており、とても美味しく頂きました。

 翌朝は五時半から御影堂にて読経が行われました。興味の幅だけは広い私は、早起きしていそいそと参りました。ここは弘法大師ご生誕の跡地に建立されたお堂で、毎朝立派なしつらえの中で老若十人の僧侶によって読経が営まれます。 

 その間、約五十分。「毎朝こんなにちゃんとしたことをされているのか」と感心するほど素晴らしいもので、肉声と打楽器による音楽会と言ってもよいほどでした。風格のある最年長の僧侶がお経以外にもいろいろと語って下さり、退屈することもなく楽しませて頂きました。女性の僧侶も二人混じっておられ、そのお陰で混声合唱の趣があり、声明の調べは美しく堂内に響いていました。

 そしてその後、ご本尊を参拝させて頂き、若い僧侶に導かれるまま階段を降りてゆくと、そこは漆黒の闇の世界。お堂の地下に作られた真っ暗な道を手探りだけで進むのです。子供の頃のお化け屋敷を思い出すほどの恐怖を感じました。これほどの闇は普通の生活をしている者が経験することはまずありません。それほど真っ暗なのです。

 左手に壁を感じながら恐る恐る進んでいくと、しばらくして小さな部屋のような空間が現れました。ぼーっと電灯が灯り、空海の声を再現したという男性の声の録音が再生されます。曰く「せっかくこの世界に生まれてきたからには、毎日を大切に生きなさい」というメッセージでした。暗闇の恐怖の後、一対一で語りかけられるその言葉は、録音とは知りつつも説得力に満ちたもので、「まったく仰せの通りです。そうします!」とお返事したくなるほででした。「再生の儀式」なのです。

 

 闇の世界から外に出てくると、もう朝食が用意されていますとのご案内に従い、そちらへ向かいました。高野山がその名の由来である高野豆腐がついていたのは納得させられました。とても美味しく頂きました。

 

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 チェックアウトをして敷地内を散策します。釈迦のお弟子たち「五百羅漢」の石像がずらりと並んでいます。かなり個性的な面々です。朝から暑い日、それらのお顔を拝しながら汗をかきかき一周して参りました。

 f:id:tacoharumaki:20190910193123j:plain お寺のすぐ近くに、ある人のブログで見た「善通寺名物 本家かたパン」のお店を発見し、立ち寄ってみました。昭和の名残が濃厚に残る店構え。ガラスケースの中に並んでいる商品はパンというよりはお菓子のように見えます。お土産にいくつか買いました。砂糖と生姜の味のする驚くほど硬いお菓子で、歯の丈夫さが問われます。あまりの硬さにびっくりしましたが、慣れてくると懐かしい味が癖になりそうです。老舗が絶えない理由がわかりました。f:id:tacoharumaki:20190910193209j:plain

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 この後、歩いて善通寺駅まで行き、電車に乗って本州へと戻りました。とても良い体験をさせて頂きました。弘法大師を身近に感じるまたとない機会となりました。

           ◆◆◆

 自宅へ帰って淹れてみた「薬師如来 眼蘇茶(めいきるちゃ)」はまさに生き返るような美味しさで体に沁み透っていきました。甘草(カンゾウ)の独特の甘みが昔飲んだ甘茶を思い出させてくれました。

 

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石田鍼灸 京都北山

夢分流打鍼法を塩入温泉♨合宿にて学ぶ

 

 

 7月14・15の両日、香川県の「塩入温泉のふるさと研修館」で行われた治療合宿に参加させてもらいました。今年入り、経絡治療学会・香川支部に毎月通い始めたことがご縁の始まりです。遠方の勉強会は、交通費、所要時間等、制約は多いのですが、得るものもまた多いのです。

 

 主催者の真鍋先生による皮膚病治療の講義の後、初日午後からは真鍋先生が盟友と呼ばれる京都の大西哲先生がお話しになりました。聞くところによるとお年は真鍋先生とそれほど変わらないとのこと。ということは、八十歳近いということになりますが、外見、お話しぶりは六十代半ばにしか見えません。とても優しい雰囲気の先生ですが、鋭い眼光は臨床五十年の迫力を感じさせます。

 

 今回の合宿二日間のメインテーマは、夢分流打鍼法(むぶんりゅうだしんほう)です。これは室町時代から連綿と続く方法で、腹部に対して金属製あるいは木製の太い鍼の頭に小槌で振動を与えることで成立する特殊な方法です。鍼というと皮膚に刺すイメージがありますが、そのようなことはせず、身体の深浅部分へ伝達される微細な振動刺激だけで一切の病を治そうとするものです。

 

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先生がされると簡単に見えるのですが、実際にやってみるととても難しいのです。とても奥が深いものを一度や二度の講義でマスターできるわけがありません。これから日々の臨床の中で少しずつ体得していくしかありません。今回撮影が許された動画をそのための参考として利用させて頂きます。

  

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◆大西先生手作りの小槌と木鍼◆

当日、最後の1セットを譲り受けることができました。ラッキーでした。

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石田鍼灸 京都北山

産後ケアの大切さ~産後の鍼のすすめ~

 

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 去る3月末に、広島で行われた「第34回経絡治療学会学術大会」に参加・受講してきました。

 

 今回は〈母と子の経絡治療 妊娠~子育てを支える伝統の力〉と題して、妊娠、出産、産後ケアに関する講演会が二日間に渡って行われました。

 

 具体的なことはさておき。今回再認識させられたことは、この領域に関して鍼灸がお手伝いできることは本当にたくさんある、ということでした。

 

 全国各地で鍼灸師の先生方がそれぞれの方法で患者さんのために貢献されている様子に感銘を受けて帰ってきました。そして早速、次のような案内を作りました。

 

 

 

   産後ケアの大切さ~「産後の鍼(はり)」のすすめ~

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 「産後の肥立(ひだ)ち」という言葉をご存じでしょうか。産後6~8週間(産褥(さんじょく)期)の母体の健康回復を指す言葉です。この時期の過ごし方は、女性の一生涯の健康にかかわってくるので昔から大切に考えられてきました。

 

  東洋医学では、産後は血(けつ)が非常に不足した状態だと考えます。これを「血(けっ)虚(きょ)」と言います。血虚の状態で無理をすると、体調を崩しやすく、様々な症状が現れます。場合によっては更年期の健康状態にまで影響を及ぼすと言われています。

 

 「産後は目を使うな」というのも、この血虚と関係があります。目を使うという行為は、血液を非常に消耗するのです。血液は全身の筋肉を動かし活動させるだけでなく、「見る」、「聴く」、「考える」、「気を使う」、「心配する」などのあらゆる脳活動の原動力でもあるのです。ですから、この時期にスマートフォンなどの使用によって目を酷使すると、補充されるべき血液が養われず、身体の回復そのものが妨げられてしまうのです。

 

 また、東洋医学では、産後の婦人は「上実下(じょうじつげ)虚(きょ)」の状態であると考えます。これは出産によってこれまで赤ちゃんがいた下腹部が急に空虚になったため、相対的に上半身に気(き)血(けつ)が集中し、のぼせたり、貧血で倒れたりしやすくなるということです。更に寝不足や心労が加わると、産後うつ症状(いわゆる「マタニティ・ブルー」)が現れやすくなります。

 

 「産後の肥立ち」を良くするために、古くから「産後の鍼(はり)」というものがあります。消耗した血液を効率よく生産するお手伝いをするとともに、上実下(じょうじつげ)虚(きょ)によって起こる様々な症状(めまい、肩こり、頭痛、ふらつき、冷え、腰痛など)の予防と治療にも有効です。

 

 当治療所では、産後3ヶ月間は特にケアが大切な時期と考え、1回3,000円の費用にて施術させて頂きます。産後の健康回復の一助として、どうぞお役立て下さい。    

 

 

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   二日目早朝に訪れた原爆ドームと欧米からの外国人観光客の方々

 

 

       

 

運転免許証更新のたびに思い出す青年のこと

 一昨日、運転免許証の更新のため、三年ぶりに自動車運転免許試験場を訪れた。私の自宅からは中型バイクで南へ40分ほどの道のりである。手続きも講習も円滑に済み、今回は行き帰りの道中も渋滞なく往復することができた。しかし前回(三年前)は帰途ちょっとしたトラブルがあった。

 

 三年前も同じバイクで行ったのだが、乗り換えてまだ1ヶ月しか経っておらず、ガソリンの減り具合をよく把握していなかった。自動車のような燃料計は付いていないので、予備タンクに切り替えたらなるべく早く給油するのが鉄則である。そのタイミングを見誤ったため、帰宅途中にガス欠を起こし立ち往生してしまったのだ。

 

 困り果てて辺りを見回すと郵便局がある。中に入ってガソリンスタンドの場所を尋ねることにする。こういう時に郵便局というのは頼もしい。何となく親切な職員さんが丁寧に教えてくれるような気がするからだ。人が人を信じていた昔の日本の名残りが郵便局にあるような気がする。

 

 カウンター越しに職員の女の方に最寄りのガソリンスタンドの所在を尋ねたところ、気の毒そうに「この近くにはありませんね」との返答。いよいよ困ったな、と思っていた矢先、入口のATMで機械を操作していた二十歳過ぎのサンダル履きの青年が我々のやり取りを聞きつけて近寄って来た。縦にも横にもとにかく大きな、一見してちょっと威圧感さえある巨体だ。一瞬身構えたが、この青年は言った。

 

「うちがこの近くなんですけど、もし良かったらボクの原チャリを持ってきますから、ポンプでガソリンを移し替えて下さい。」

 

 原チャリというのは、言うまでも無く50ccスクーターのことだ。突然現れた青年のあまりの親切に戸惑ったが、渡りに船、とばかりご厚意に甘えることにした。

 

「では待ってて下さい」と言って立ち去った青年を待つこと約十分、彼はぼろぼろの原チャリに乗って再び現れた。もちろん、ガソリンを移し替えるためのポンプを携えて。

 

 私は遠慮勝ちに「1リットルもあれば家に帰れますから。」と言ったが数リットルは入れてくれたと思う。とにかく親切なのだ。

 

 タンクに恵みのガソリンを入れてもらった私は、どのようなお礼をすべきか迷った。今なら千円札でも渡してこれでお昼でも食べて下さい、と言うかもしれない。でもその時は中途半端なお金を渡すのはかえって青年の気持ちを損なうような気がしたので、彼の言うまま「もらった数リットル分のガソリン代」に見合った金額だけを手渡したのだった。

 

 まさに文字通り「有り難い」(遭遇することのめったにない)厚意に感激し、すぐには立ち去りがたい気持ちの私は、そのまましばらくの間、親切さの余韻を感じながら青年と立ち話をしていた。

 

「いいですね、こんなバイクボクには買えませんわ。いつか欲しいな。」

 

 青年は高校を卒業した後、地元からそれほど遠くない和菓子店に就職し、今もそこで働いていると言う。

 

 青年の原チャリがあまりにぼろぼろで、バックミラーなんかは役に立たないほど壊れていたので、思わずそのことに触れると青年は、

 

「同じアパートの住人に壊されたんです。ボクがバイクの停め方で文句を言ったら、腹いせにやられたんです。」と笑いながらさらっと言ってのけた。たくましいというか、慣れているというか、感心してしまった。

 

 そんな話をして再度礼を言ってあっさり別れてしまったことを今でも後悔している。せめて彼の勤め先のお店の名前だけでも聞いておけばよかった。そうすれば、後日改めてお礼をすることだってできたはずだ。お店を介して「あの時お宅様で働いておられる青年にこんなに親切にしてもらったのです」と言えば、彼の社会的信用も上がるであろう。そうすることが親切を受けた私が「おとな」として若い人に対してできる最も適切な恩返しではなかったろうか。しかし、まったく、おとなげないことに、そういうことに後になって気づく私であった。

 

 「掃き溜めに鶴」とはこの青年のためにある言葉かもしれない。良い人生を送ってもらいたい。

 

 

石田鍼灸 京都北山

平成の断捨離を決行~使わなくなったヴィンテージ物を売却!

 好奇心だけは人一倍旺盛で、趣味の少なくない私ですが、音楽とバイクもそれに含まれます。今年に入って一大決心をし、ロフトで眠っていた楽器と、実家のガレージで冬眠していた大型バイクをオークションで売却しました。どちらもそれぞれ、価値の分かる方の目に留まり、円満に引き取ってもらうことができました。

 

 楽器というのは1960年代にアメリカで生産され、今もごく一部の愛好家には垂涎の的である〈196?年米国Ampeg社製 Babybass〉。エレクトリックベースのコントラバス版と言えば分かりやすいと思います。音色がパーカッシブなことから打楽器との相性が良く、ラテン系のジャズや、キューバプエルトリコベネズエラ・コロンビア等の中南米諸国で盛んなsalsaと呼ばれる大衆向けダンス音楽で好んで使われます。

 

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 2006年に破損した状態で中古品を入手、名古屋の専門店で修理してもらい、自分のレッスンやたまのライブで使用しました。近年その機会が減った(減らした)のには大きな理由がありました。それは私が指先を使う仕事をしているということです。弦楽器はその種類にもよりますが、特にベースのような鉄の弦を直接押さえたり、はじいたりするものは指先の皮膚を硬くするのです。指頭(しとう)の微妙な感覚が第一とされる仕事なのでおおいに問題ありです。始めた時からそのことは知っていましたが、人生に未練を残さないよう、なかば強引に始めてしまったのでした。しかし、それにも満足し、ようやく楽器そのものも手放す決心が付きました。

 

 もう一つ、バイクというのも一度手放したら二度と手に入らない代物でした。〈1985年カワサキ製 ZL900 Eliminator 〉。街中で同じバイクが走っているのをみたことがありません。三年間だけで生産中止になった稀少なものです。これもアメリカからの逆輸入品です。それはメーター表示がkmでなくmileであることからも分かります。速度も走行距離もメーターに表示される数字にいちいち1.6を掛けなければkmにならず、結構めんどくさかったのですが、それがマニアにはまた嬉しいことだったのです。

 

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 エンジン音も大きく、何より車重があり、エンジンを切った状態での取り回しも大変でした。デザイン重視のため、タンク容量も11Lしか無く、高速道路では、頻繁にサービスエリアに入って給油しなければならないという不便さもありました。年齢的な理由もあり、次第に維持管理が大変になってきたので思い切って売却したというわけです。

 

 こうして私の一つの時代は終わりました。「人の持っていない物を持ちたい」という欲求も正直あったと思います。さびしい気持ちもありますが、むしろスッキリした気分の方が勝っています。ベースは大阪の方に、バイクは埼玉の方に、どちらも誠実な良い人に引き取ってもらえたので、末永く大切にしてくれるでしょう。そういう意味でも引き継ぎが終わったのです。

 

 ひとつ気づいたことがありました。モノを売買することに夢中になっていた期間中は俳句を作ることができなかったことです。善し悪しではなく、脳の活動パターンが全く違うのでしょう。果たしてもとに戻れるのでしょうか…。

 

石田鍼灸 京都北山