「富山県立イタイイタイ病資料館」を見学しました

 富山市は別名「薬都」とも呼ばれ、徳川の昔から製薬業で有名な北陸の一都市です。今も多くの製薬会社の工場が操業しています。

 この町で2021年の年末、大阪神戸の鍼灸師・柔整師の親しい友人たちと合宿研修会を行いました。ある漢方薬局様のご厚意で、市内の店舗ビル最上階の研修施設を使わせて頂けることになったからです。

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富山県イタイイタイ病資料館」外観

 友人たちと合流する前の数時間、空き時間ができたので、どこかを散策したいなと考えましたが、年末のこと、ほとんどの観光施設が閉館となっていました。

 その中でほとんど唯一開館していたのがこの「イタイイタイ病資料館」でした。社会科の教科書に書かれていた「四大公害病」の一つとして学習したことはありますが、それ以上の知識はありませんでした。

 そこであらかじめ計画を立て、図書館で関連図書を借りて読んでいきました。なかでもこの八田清信著 『新版 死の川とたたかう』偕成社文庫は入門書として適切で、大変参考になりました。

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 本で予習して行ったことで展示もよりよく理解できましたが、こちらは最新の映像資料が豊富で、書籍だけでは伝わりにくいリアリティがありました。

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映像と音声が理解を助けてくれます

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 展示を見れば見るほど公害病の悲惨さに言葉を失います。本当に深刻な病なのです。鉱山廃液に含まれるカドミウムは骨を溶かしてしまうのです。主に中年以降の女性がその犠牲となりました。想像しただけではその痛みは分かりません。

 病人本人のみならず、一家の主婦という働き手を失い、家庭が崩壊してゆく有様は酷いとしか言いようがありません。心まで病んでしまった家族の人たちが無数にいたのです。「汚染米」という風評被害も農家の人たちを苦しめました。

 戦争で使用する重金属を確保するという大義名分が採掘に拍車をかけ、カドミウムの害を直視することを長年に渡り遠ざけたのです。

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患者さんの分布

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当時の天皇皇后両陛下もご来館(平成27年

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清き流れを取り戻した神通川(新保大橋より下流を望む)

 帰りは歩いて現在の神通川の流れを見に行きました。鉱害が酷かった頃は川の水も白濁していたと言いますが、今は太古の姿を蘇らせて美しく流れています。これは上流の採掘精製工場での放水基準が徹底的に見直されたためです。厳しい基準に照らし、汚水は完全に浄化されてから川に流されているということです。そのための監視の目も常に光っているそうです。

 あらてめて自然を守るということの難しさと大切さを学びました。決して派手な施設ではありませんが、近くへ行かれた方はぜひ一度訪問されることをお勧め致します。

 石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)