鍼術の大恩人 杉山和一総検校がお祀りされている神社へ参詣◇墨田区の江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)【前編】 

 鍼術を生業とする者として一度は参詣を、と以前より思っていましたが、この六月に三年ぶりに上京する機会を得たので遂に行ってまいりました。

 JR浅草橋の駅から両国橋を渡り、さらに徒歩十分、江戸の情緒が残る街並みです。江戸落語に親しんだ関西人の自分としては何となく嬉しい散策です。

参道入り口

江戸の古い町を紹介する立て札

清々しい境内 
左手に見えるモダンな建物の二階が付属資料室&施術所

 本殿に隣接した二階建ての二階部分には、鍼灸に関する資料室と、付属施術所(杉山鍼按治療所)があります。

 杉山検校の遺徳を讃える石碑が建てられています。点字の銅板表記もあります。

付属資料室内部

 

経穴=ツボ が記されている古い模型

 盲人の方が手で触れて理解するために立体的に表す必要があったのでしょう。

江戸・明治・大正・昭和を生きた鍼灸大名人
八木下勝之助(1857~1946)

八木下翁が生涯この一冊だけを聖典として熟読した
鍼灸重宝記』の実物

 本郷正豊によって享保年間(18世紀初め)に書かれた名著『鍼灸重宝記』。八木下翁はこれ一冊を宝として臨床の座右に置き日々の治療に当たりました。晩年には八木下翁オリジナルの『鍼灸重宝記』が翁の頭脳と手掌の中に出来上がっていたと言います。それは誰にも真似の出来ない学術一体の結晶でした。

 翁はこの聖なる書物を自分の手垢で汚さない様に竹べらを使って読んでいた、ということは本で読んで知っていましたが、その実物がまさかここに保管されていたとは!本日最大の驚きでした。

 「あれもこれものバイキング的つまみ食い」では結局何もものにならないとあらためて思います。「自分にはこれしかない」と覚悟を決めることで初めて、その深い所への道が開かれてゆくこともあるのです。

昭和十五年発行「当代有名鍼灸大家番附」なる刊行物 
いつの時代もランキング

 筆頭の湯淺勝之助は八木下翁のことでしょう。その他、有名な澤田健に学んだ代田文誌、城一格、そして雑誌「医道の日本」を創設した戸部宗七朗など、そうそうたる名前が見られます。

鍼灸大家老先生を囲んで物を聴く夕
(昭和十年代と思われる)
最前列中央に八木下翁のお姿も

 「物を聴く夕(ゆうべ)」なんと素敵なネーミングでしょうか。黒メガネの人は目のお悪い方と思われます。女性鍼灸家の方も五名ほどおられます。仙人みたいな先生もおられます。

 明治時代になり、「富国強兵」のスローガンのもと日本の医療が西洋医学一色になり、鍼灸家・漢方家の多くはさぞ肩身の狭い思いもされたことでしょう。しかしそうした逆境の中、研鑽を積んで鍼灸の真価を現代に蘇らせよう!という熱意を持った先生方が多数おられたのです。そのお陰で今の日本独自の鍼灸があるのです。それは中国のそれ(中医学の針灸)とはまた一味違う日本流の鍼灸なのです。

廊下の奥に見えるのが付属施術所

 私が資料室を見学している間にも、数名のご婦人の患者さんが「あゝ楽になりました!」と言って帰って行かれる声を聞きました。これこそが鍼灸術の実力なのです。副作用はありません。

 

中国古代に使用されていた鍼の複製

 さすがに現代においてこのような巨大な鍼を使っている人はほとんどいないと思います。古代は外科手術の一部も兼ねていたと考えられます。

五代将軍 綱吉公のご親筆「大弁才天」の掛け軸

 このご親筆の掛け軸は、上野の国立博物館にあってもおかしくないほど貴重な物です。綱吉公はあまり身体が丈夫でなく、頭痛持ちであったとも。それゆえに鍼灸の施術を好まれたと聞いています。

 鍼灸の価値をよく知った為政者であればこそ、盲人のための福祉事業の一環として鍼灸を奨励され、神社もお建てになったのでしょう。現代の日本ではどうでしょうか。

 欧米やアジアの国々のも中には、国家が鍼灸をバックアップしている例が少なくありません。その点において日本は最後進国です。

中国漢代の医書黄帝内経素問』の江戸初期の復刻版全十二巻(1667年刊)

 日本という国は東の果て、「日の出づる処」ではありますが、それは文化の果てということでもあります。近代になるまで文化的なものはすべて西からやって来ました。

 漢の時代に中国で書かれ、唐の時代になって日本に伝来した『黄帝内経』(こうていだいけい)という医書を江戸期の日本人もとても大切にしていたことが伺い知れます。
 日本人はもともと文化的には「末っ子」意識があるので、一番になりたいなどという野望は持っていません。それよりも、外国から入ってくる人や文化を尊敬し、取り入れ、自分たちに合った形に作り変えてしまうことに関心があり、またその能力に長けています。それだけに尊敬に値しない大国の姿を見てがっかりもするのです。

付属の「杉山鍼按治療所」の案内ボード

 次回は予約して施術して頂こうかしら。

 人のお世話になることも勉強です。

 

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

 

開院十周年を迎えます

 令和4年6月18日をもちまして、〈北山 石田鍼灸〉は開院十周年を迎えることになりました。これもひとえに地域の方々、そして市外、遠くは府外の皆様のお陰であると感謝申し上げます。

  今後も一層の精進を重ねて参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

庭のジューンベリーにやって来たムクドリ(5月下旬)



石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

「富山県立イタイイタイ病資料館」を見学しました

 富山市は別名「薬都」とも呼ばれ、徳川の昔から製薬業で有名な北陸の一都市です。今も多くの製薬会社の工場が操業しています。

 この町で2021年の年末、大阪神戸の鍼灸師・柔整師の親しい友人たちと合宿研修会を行いました。ある漢方薬局様のご厚意で、市内の店舗ビル最上階の研修施設を使わせて頂けることになったからです。

f:id:tacoharumaki:20220118182830j:plain

富山県イタイイタイ病資料館」外観

 友人たちと合流する前の数時間、空き時間ができたので、どこかを散策したいなと考えましたが、年末のこと、ほとんどの観光施設が閉館となっていました。

 その中でほとんど唯一開館していたのがこの「イタイイタイ病資料館」でした。社会科の教科書に書かれていた「四大公害病」の一つとして学習したことはありますが、それ以上の知識はありませんでした。

 そこであらかじめ計画を立て、図書館で関連図書を借りて読んでいきました。なかでもこの八田清信著 『新版 死の川とたたかう』偕成社文庫は入門書として適切で、大変参考になりました。

f:id:tacoharumaki:20220118183000j:plain

 本で予習して行ったことで展示もよりよく理解できましたが、こちらは最新の映像資料が豊富で、書籍だけでは伝わりにくいリアリティがありました。

f:id:tacoharumaki:20220118183205j:plain

映像と音声が理解を助けてくれます

f:id:tacoharumaki:20220118183645j:plain

 展示を見れば見るほど公害病の悲惨さに言葉を失います。本当に深刻な病なのです。鉱山廃液に含まれるカドミウムは骨を溶かしてしまうのです。主に中年以降の女性がその犠牲となりました。想像しただけではその痛みは分かりません。

 病人本人のみならず、一家の主婦という働き手を失い、家庭が崩壊してゆく有様は酷いとしか言いようがありません。心まで病んでしまった家族の人たちが無数にいたのです。「汚染米」という風評被害も農家の人たちを苦しめました。

 戦争で使用する重金属を確保するという大義名分が採掘に拍車をかけ、カドミウムの害を直視することを長年に渡り遠ざけたのです。

f:id:tacoharumaki:20220118183254j:plain

患者さんの分布

f:id:tacoharumaki:20220118183355j:plain

当時の天皇皇后両陛下もご来館(平成27年

f:id:tacoharumaki:20220118183505j:plain

清き流れを取り戻した神通川(新保大橋より下流を望む)

 帰りは歩いて現在の神通川の流れを見に行きました。鉱害が酷かった頃は川の水も白濁していたと言いますが、今は太古の姿を蘇らせて美しく流れています。これは上流の採掘精製工場での放水基準が徹底的に見直されたためです。厳しい基準に照らし、汚水は完全に浄化されてから川に流されているということです。そのための監視の目も常に光っているそうです。

 あらてめて自然を守るということの難しさと大切さを学びました。決して派手な施設ではありませんが、近くへ行かれた方はぜひ一度訪問されることをお勧め致します。

 石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

 

 

 

 

 

痛みについて考える~鎮痛剤で痛みをおさえ込むことのメリット・デメリット~

 

f:id:tacoharumaki:20211228081126p:plain

膝関節そのものの障害か、そうでないかを見分けることが大切


 一般の医療機関で痛みを「治療」する場合、鎮痛剤が処方され「様子を見て下さい」となることがよくあります。各種検査・画像診断等の現代医学的診察で重篤な器質的欠陥が見つからない場合です。

 しかし、期待通りに治癒に向かわず、むしろ悪化させてしまうケースもあります。そういったこじれた患者さんが鍼灸を頼りに来院されることが少なくありません。

 先日もある七十代の膝痛でお困りという患者さんがおいでになりました。病院でもらった鎮痛剤で一ヶ月間頑張ったがどうにも良くならない、鍼灸で何とかなりませんか、とのことでした。

 初診時に診せて頂いたところ、右の膝がパンパンに腫れあがって、熱を持っていました。右足は患部だけでなく、つま先まで熱くなっていました。ちょうど家電用品のモーターが熱くなるような感じです。患者さんのお話では、「レントゲン的に膝に損傷が無かったので鎮痛剤の処方となった」ということでした。

 この方は走ることが趣味で、何十年も毎日欠かさず川原を走っておられます。鎮痛剤で痛みを一時的に弱めたことでこの日課をなんとかこなすことができていたのですが、薬物により痛みを弱めることで無理ができてしまった結果、かえって症状を悪化させてしまったと考えられます。

 この方のようにこじれてしまうと、治癒には鍼灸でも最低一ヶ月はかかると予想していましたが、週2~3回の頻度で治療したところ、運よく9回の施術でほぼよくなりました。

 私の診察の結果、膝関節自体の問題ではなく、腰から太ももへかけての神経的な調節不良(坐骨神経・大腿神経)が原因でした。もう少し早く受診されていれば治癒も更に早かっただろうと思われます。

 鎮痛剤だけで治ってゆく場合もあるでしょうが、それは鎮痛薬が治したのではなく、鎮痛剤が効いている間に自然治癒力が病の勢いに勝ったのです。そのことをよく理解していなくてはなりません。特にこの方のように無理しがちな人の場合は病勢に負けてこじれてしまうのです。

 鎮痛剤は一時的に痛みを和らげるのが目的で、本当の治癒に向かわせるのはあくまでも人体の持っている力なのです。鍼灸はそのお手伝いをするのに有効な方法です。

 石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

「群発頭痛」とりわけつらい頭痛と鍼灸治療

 

f:id:tacoharumaki:20211025190510j:plain

つらい頭痛…女性も男性も

 

 イブノーシンセデスバファリン一葉忌     櫂 未知子 

 井上ひさしの戯曲「頭痛肩こり樋口一葉」に、「痛むんです、頭が。割れさうなんです。だれか玄翁(げんのう)でこの頭を断ち割つてください。」と若き文豪が頭痛に苦しむ描写があります。樋口一葉と頭痛とは切っても切れない関係にある中、私の大好きな俳人の手によってこの名句が生まれました。

 樋口一葉が悩まされた頭痛とはまた種類が違うと思うのですが、激しい症状を伴う頭痛の一種に「群発頭痛」と呼ばれるものがあります。20~40歳の男性に多いとされる、通常片側性に発症する頭痛の一種です。これは頭痛というよりもむしろ「激痛発作」と表現してよいほど重篤で深刻な症状を伴う疾患です。数週間から数か月にわたって毎日あるいは数日おきに発作に襲われるのでこの名があります。

 私自身も三十代半ばに経験したので、そのつらさ、深刻さ、恐怖感というものはよく知っています。結婚してしばらくして治りました。比較的長い独身時代に心にからみついた様々なストレスが形となって現われたものだと今では思い返されます。

 今年九月の下旬、まさにその症状を訴える五十代男性が来院されました。八月上旬に突然猛烈な頭痛発作が始まり、以後約40日間、発作の無かった日は一日も無かったとのことです。毎夕あるいは毎深夜にその発作に襲われ、神経内科で処方されている鎮痛薬も効果がないわけではないのですが、根治には至らず、とても困っておられる様子です。病院での画像診断では、脳に器質的な異常は見られない、との結果で、最終手段として鍼灸治療を求めて来られたのでした。

 この方ご自身はご近所にお住まいなのですが、大阪のお知り合いの方(当院の患者さんのお孫さん)に当院を紹介されて来院されたとのことでした。「まさか自分が鍼灸院の世話になるとは思ってもみなかった」ともおっしゃっていました。鍼灸というとお年寄りが行くイメージがあるのでしょうね。

 よくよくお話を伺ってみると、今回処方されている頭痛薬とは別に、以前から精神科で処方されたいた抗うつ剤が今春から別のより強い向精神薬に変更されたとのことでした。(春頃から不眠症が悪化したため)頭痛が発症するまでは飲酒量も多かったようなので、ずいぶんと肝臓に負担をかけていたことは想像に難くありません。

 診察させて頂くと、右の肋骨の上が一見して分かるよど大きく腫れており、押すととても痛がられました。ちょうど肝臓の真上に当たるところです。首肩を診察すると、患側(左)後面の首根っこから「風池」のツボにかけて一本の硬い筋状のしこりができていました。これは胆経の変動であるとともに、帯脈(たいみゃく)の反応です。また、左の下顎の下の「天窓」のツボにも強い反応がありました。とにかくこの頸椎周囲の異常な反応を取っていかねば頭痛も改善しないであろうと判断し施術させて頂きました。

 翌日、第二診で伺ったところ、昨日から今日にかけて頭痛発作はあるにはあったが、ずいぶん弱く済み、全身のしんどさもずいぶん楽になった、とのことでした。痛みの範囲も狭くなり左上歯付近だけになったとのことです。何よりも右肋骨の上の腫れが一夜でかなり減っていたことには私も驚きました。圧迫した痛みも半減以下になっていました。一日間を置いての第三診では更に症状は軽減し、その日はまだ一回も痛みが出ていない、という報告でした。

 その後も順調に頭痛の頻度と程度は軽減してゆき、「最もつらかった時を〈震度7〉とすれば第四診では〈震度2~3〉程度になっている」と表現されていました。初診から2週間後の第六診では、頭痛発作はまったく起きなくなった、との嬉しい報告を頂き、本日(10/25)の第九診まで再発すること無く過ごして頂けているようです。もちろん今では鎮痛剤も服用の必要がありません。

 現在は週一度の来院で様子を診せて頂いています。お仕事が大学の先生なので、当初「対面授業の始まるまでには何とか治したい」という切実な思いで来院されたのですが、幸いにもその願いをかなえることができたようです。私自身もつらい経験があり、他人事ではない恐怖の「群発頭痛」でしたが、こうして無事に危機を乗り越えて頂くことができ、ご縁あって施術した者としてとても嬉しく思っています。

 鍼灸医学は、未だ最先端の科学をもってしても解明され尽くせないほど奥深い「経験医学」です。私はむしろ若い人にも広く知って頂き、体験して頂きたいと思っています。

 この患者様の後日談。以前は「頭痛なので(授業を)休みます」という学生に、「頭痛くらいで休むなよ!」と思っていたが、今は頭痛というもののつらさがよく理解できる、自分も少し優しい人間になったかな?」と笑っておられました。「マイナス体験」は後日必ず何らかの「プラス体験」となるのですね!

〈付記〉最後に、すべての「群発頭痛」が鍼灸で治るとは断言できないことを申して上げておきます。いかなる疾患も、その原因・経過には個人差があるからです。それにより治癒への道のりも自ずと変わってきます。本症例はあくまでも著効例の一つであるとお考え下さい。

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

秋晴れの日に~ドラえもんさんの目眩(めまい)~

 しばらく秋晴れが続くという予報なので、門前看板の句に今回はこんな作品を選んでみました。昨秋の「俳都松山 俳句ポスト365」兼題での秀句(夏井いつき先生選)です。

f:id:tacoharumaki:20211004185558j:plain

この「まちこふる」さんも夏井サイトの常連さんです。

 初めて見た時から印象に残っていた句です。これなら通りすがりの人にも楽しんで頂けるかな、と思いました。

 折しも、最近来院されている患者様の中にドラえもんが大好き!な四十代前半の女性がおられ、毎回違うドラえもんTシャツを着て来院され、我々の目を楽しませてくれています。勝手に「ドラえもんの〇〇さん」と呼んでいます。

 この方はメニエール病のような目眩(めまい)ふらつきでお悩みだったのですが、数回の治療で症状も取れ、かなり元気になられ、我々も喜んでいます。お仕事でずいぶん期待され、その期待に応えようと頑張りすぎたのがそもそもの原因だったようです。今はメンテナンスのために数週間に一度来院して頂いています。

 この方の場合、耳鼻科では「特に異常はなく、自律神経的なもの」と診断され、お薬を処方されていたのですが、症状の改善が見られなかったため、今年七月初旬に鍼灸治療を希望されて来院されました。治療の効果が早く現れて本当によかったです。

 鍼灸漢方薬などの東洋医学では、現代医学で言うところの「自律神経的なもの」の中に古来細かい分類があり、研究されてきました。我が鍼灸でもその成果を先人に学び治療に生かしています。

 最高のコンディションで、爽快なドラえもんブルーの一日を!

 

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)

門前の看板に俳句を載せています

 今春あたりから門前の小看板にお気に入りの俳句を載せています。

 春の頃は、俳人夏井いつきさんより秀句の評価を賜った拙句を掲載していましたが、ちょっとおこがましい気がして夏からは止めています。

 そのかわり、すでに有名な俳人の作品を通りすがりの人に見てもらい知って頂きたく、書き溜めた名句帳から選んで載せています。だいたい二週間ごとに句を変えています。

f:id:tacoharumaki:20210924221616j:plain

秋の季語シリーズ その2「花野」

 さて、今回はこれです。秋の季語「花野」は「俳都松山 俳句ポスト365」のお題として先日出たばかりのもの。自分が投句する際のお勉強として各種歳時記を調べていて出会った鷹羽狩行さんの一句です。

 

新妻の靴ずれ花野来しのみに     鷹羽狩行

 

 ちょっと花野に来ただけなのに靴ずれを作ってしまった妻への愛情があふれるキュンキュンな一句となっております。綺麗なお洋服で訪れた新婚旅行での一コマなのかもしれません。もうすぐ91歳のお誕生日をお迎えになる作者の若き頃の作品と思われます。

 

 これまでに掲載した句を振り返ってみます。

 

(春)

 春暖の妊婦揺蕩ふフラダンス   拙句

 ※揺蕩(たゆた)ふ

 試し書きに薔の字小さく夏近し  拙句

 ※薔(しょく)

(夏)

 青芝に自転車寝かせておく恋よ    正木ゆう子

 梅雨寒し再放送の由美かおる      R U S T Y 

 地下鉄にかすかな峠ありて夏至    正木ゆう子

 はつきりしない人ね茄子投げるわよ  川上弘美 

 指輪棲みついてゐさうな泉かな    櫂 未知子 

 愛されずして沖遠く泳ぐなり     藤田 湘子(しょうし) 

 インターフォン押す前に見る赤い薔薇 纐纈(こうけつ)さつき 

(秋)

 玄関のインターホンから虫の声    北畠明子

 

◇正木ゆう子さん(1952~)は現役の有名な俳人です。素敵な作品の多い方で、すでに二句も選んでしまいました。

◇夏の二句目の作者、R U S T Yさんという方は一般の方ですが、夏井先生のサイトの常連で相当な腕前の人です。この句も取り合わせが最高です!

川上弘美さん(1958~)はご存じ芥川賞作家。爆笑の一句です。

櫂未知子さんはNHKでもおなじみの大先生ですね。中八(五七五の七が八になっている俳句)がお嫌いということをテレビでおっしゃっていたのを聞いて以来、私も中八の句は極力作らないようにしています。

◇藤田 湘子(しょうし)(1926~2005)も有名な俳人で、水原秋桜子のお弟子さんだった方です。昔の人ですが、これも味わい深い失恋の名句です。たまりません。

 

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)