吉田博木版画展 (MOA美術館)

 吉田博の木版画展を開催しているというので、東京の帰途、新幹線を熱海で降りてMOA美術館へ向かいました。ここを訪れるのは数年ぶりの二回目です。

 

 相模湾を見下ろす山の中腹にこの美術館はあります。駅前から東海バスで向かいました。職場の壁に飾るために版画は少々収集している私ですが、吉田画伯の木版画は画集でしか見たことがなかったので、この機会に実物を見ようとやって来ました。

 

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 吉田博は明治から昭和にかけて活躍した画家・版画家で、その繊細な美しさは海外でも高く評価されています。もともとは画家でしたが、人生の後半になってから、木版画に軸足を移したようです。特に水の描写が美しく、かのダイアナ妃も公務室の壁に氏の木版画を飾っていたということです。

 

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冨士拾景 朝日  大正15年(1926)

 

 

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中房川奔流  大正15年(1926)

 

 

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瀬戸内海集 帆船 朝  大正15年(1926)

 

 

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陽明門  昭和12年(1937)

(画像はMOA美術館のホームページから拝借しました。)

 

 

 本当にこれが木版画か、と思わせるその世界をゆっくり一時間かけて堪能しました。

 

 唯一残念だったのは、私の好きな「ホノルル水族館」という作品が出品されていなかったことです。

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 ホノルル水族館   大正14年(1925)  

 

 

 帰りに館内の別の展示を見ていると、2003年に文部科学大臣奨励賞を受賞した鹿児島県の小学6年生の作品が目に留まりました。そしてしばらくその前で足が止まってしまいました。なんというリアリティ、迫力でしょう。この絵のおかげで、目当ての絵がなかったことは帳消しになりました。偶然にもどちらも魚の絵です。

 

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 現在二十代後半になっているこの作者が、今もなお絵を描き続けていることを願います。 

没後50年藤田嗣治展 (東京都美術館)

 

 

 夏期大学の前日、用事を済ませて急いで新幹線に飛び乗った私の滑り込んだのは、上野動物園ではなく、そのお隣の「東京都美術館」でした。

 

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 独特の風貌と日仏両国を祖国としたことで知られる画家、藤田嗣治の没後50年を記念した展覧会が行われていたからです。

 

 人生のその時代時代で、画風が全く異なるこの画家の人生模様の変遷を作品を通じて知ることができた一時間でした。いずれ京都へも来るということを聞きましたので、再度見てみたいと思います。

 

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自分へのおみやげ

第六十回 鍼灸経絡治療夏期大学に参加しました

 去る8月10~12日まで、東京有明医療大学にて標題の「鍼灸経絡治療夏期大学」、つまり夏の合宿治療勉強会が行われました。私は16年前に初めて参加した後、紆余曲折あって今回で5回目の参加となりました。

 

 5回目ということで、終了後に表彰と記念品の贈呈を受けました。記念品は立派な長い靴べらで、帰りの新幹線で凶器と間違えられないかとハラハラしていました。想像もつかないような事件が起こる昨今ですが、我々の年代の男性の多くは、不審者に間違われないよう、一歩家を出れば常に気を使いまくって生活しています。世知辛い世の中なのです。

 

 今年も全国から著名な先生方がおいでになり、3日間ずいぶん勉強させて頂きました。と同時に、自分の不勉強も痛感しました。思うに、勉強会の真の意義はこの自分の勉強不足を知ることだと思っています。

 

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 写真撮影、録音は一応禁じられているので、せいぜいこの程度の画像しか掲載できません。画像に写っているのはごく一部で、後の方にこの数倍の聴講生がおられます。実際の参加者は今年は600名以上だったということです。勉強熱心な治療家が全国から猛暑の東京へ集まってこられるのです。

 

 この後、聴講生のレベル、臨床経験の多少に応じて、各クラスに分かれて講義や実技指導を受けます。日頃一人で治療に明け暮れている治療家さんたちは、ここで多くの刺激を受けてまた自分の治療院へ戻って行くのです。

建築家 安藤忠雄氏講演会と、その後に偶然迷い込んだ安藤氏行きつけのおでん屋さん

 去る6月12日(火)の夕刻、芦屋で鍼灸院を開業している友人Y氏に誘われて梅田駅前の大阪工業大学安藤忠雄氏の講演会に出かけた。講演会のテーマは「挑戦」。自分自身の価値を上げるために何をなすべきか、である。

 

 私はこの方の特別熱心なファンというわけではなく、業績の詳細まではよく存知上げなかったのだが、才能、努力、発想、行動、人脈、すべての方面において常人の域を超えた人のお話は、たとえそれが雑談であっても足を運んで拝聴する価値があると考えた。そのため、当日の夜診は休診にして出かけた。

 

 安藤氏は、「いざとなったら助け合うこと」という理念のもとに、2011年6月から「日本2011宮城 遺児育英資金」を各界の著名人と共に立ち上げ、現在その総額が46億円に達しているとのことである。また、現在は北浜の東洋陶磁美術館の横に、「こども図書館」を建設中で、「本を読む子どもづくり」を目指しておられる。時代の先を読み、実際に行動に移すことのできるたぐいまれな人物である。

 

 いささか抽象的で断片的なものではあるが、当日のメモから抜粋して、以下に語録として残しておきたい。

 

〇これからは自分の力を信じて生きていく時代。常に自分でアンテナを張っていなければならない。

 

〇夢があれば生きていける。生きているという誇りを持つこと。

 

〇75歳まで働き、95歳まで生きるための知的体力と肉体的体力とを保つこと。いつでも青春であるために。

 

〇自分で先を考えて生きていくこと。

 

〇日本人のよいところは、世界で最も感性が高いこと。これは春夏秋冬という四季の移り変わりの中で磨かれたもの。

 

〇日本の建築技術は世界一、値段も世界一。

 

〇上がいいと言ったら、下も従う国民性。これからはこれではいかん。

 

〇「美術館の島を作りたい」と言った福武總一郎氏の発想力と持続力が、ついに今の直島を作り上げた。昔の経営者は情熱的だった。

 

〇直島では、今後値段が必ず上がって行く作品を発掘して購入し、展示する。できればタダで入手する。例として、かつて300万円で購入し、展示されている草間弥生のかぼちゃの巨大オブジェは、現在1億3000万円になっている。

 

〇自分に

   学歴がなかったら、考える

   体力がなかったら、考える

   お金がなかったら、考える

 

〇できるかなぁ、と思ったことができると、達成感がある。

 

〇降りかかってくる問題を希望と夢で乗り越える。それが何かと考えると、新しい道が開けてくる。

 

  超ポジティブな安藤氏の人間性に圧倒されつつ、会場を後にする。とても76歳とは思えない圧倒的な迫力であった。これだけでも来た甲斐があったというものだ。友人Y氏は会場で買った本にサインをしてもらっていた。

 

 

というわけで、

大盛況の内に講演会は終了し、食通の友人Yさんに促されるまま、10分ほど歩いてたどり着いたのは、老舗のおでん屋さん「かんさいだき 常夜燈」。Yさん曰く、「一度行きたいと、ずーっと前から思ってたお店なんですよ。」

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 御歳86になられる上品な大将お一人と、お弟子さんお一人でやっておられる。どちらも穏やかなにこやか柔らかなお人柄で、私たちのような初めての客でもホッとする。

 

 店内に掲げられた大きな写真パネルには、常連の人たちが写っている。その中には有名な政治家たちと共に、なんと先ほどの安藤氏も写っている。聞けば、氏のオフィスはこの町内だとか。何という偶然。誘ったYさんもこのことは知らなかったそうだ。

 

 また、一般的におでんを「関東炊き」というが、その昔この店を訪れたある大人物が「これは関東炊きではない、関西炊きと名付けよう」と言い、それがこのお店のサブタイトルになったという。その人物とは、あの森繁久弥氏であり、氏の筆による揮毫の書が額に入れられて高い場所に掲げられていた。

 

 メニューは「おでんセット¥4,000」の一種類のみ。非常に分かりやすい。

そして、大鍋に運ばれてきたおでんの汁はなんと濃い味噌の色をしていた。

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 ほとんどの具がこのお店の手作りであるとのこと。とても手間暇かけて作られている。今までのイメージからは想像できない芳醇なおでんを、当店ブランドの日本酒とともに味わう。

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 更に驚いたことのは、このお店がマンガ『美味しんぼ』第79巻で取り上げられた「名店」であるということ。店内にはそのことを来店した客に知らせるパネルと共に、作者・雁屋哲氏の手による正真正銘の原画が飾られていた。

 

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このお店の唯一の後継者であるお弟子さんから、このお店にまつわる色々なお話を聞かせて頂き、ゆっくり食事を楽しませて頂いた。また日を置いて再訪したいと思います。ごちそうさまでした。

 

今日は偶然にも安藤忠雄先生'S デーであった。帰途、やや遠回りして、コンクリート打ちっぱなしの氏のオフィスビルを見学してから駅へ向かい、Yさんに礼を述べてお別れする。 

 

(なんとYさんは、「奥さんへのお土産に」とおでんの持ち帰りを持たせてくれたのでした。細やかなお心遣い、ありがとうございます。 )

中医師・卲輝先生の「不妊症の鍼灸治療」講義~我々鍼灸師がお役に立てること~

5月19日(土)夕方六時から、大阪市立総合生涯学習センターにて中国人医師・卲輝(しょうき)先生による「不妊症の鍼灸治療」講座へ出席して貴重なお話しを伺って参りました。

 

卲輝先生の勉強会に最初に出席させて頂いたのは、今からかれこれ18年も前になりますが、今も当時とほとんどお変わりなく精力的に活動されており、実際に御歳よりもずっとお若く見えます。

 

私自身は思うところがあり、途中から中国医学に則った鍼灸中医鍼灸)をやや離れて、日本由来の「経絡治療」という流派の方法を治療の中心に据えてやっていますが、今もなお、この先生のお話があると聞くと出かけていきます。温和でお話しが上手で、西東両医学に渡る治療上の知識も経験もとても豊富な敬愛すべき先生です。

 

まず概論として、不妊治療専門のクリニックは日本全国で約600軒もあること、ハーバード大学でも東洋医学的体質改善による不妊治療を認めていること、不妊治療は中医学鍼灸の一つの大きな柱であること、などからお話は始まりました。

 

そして、我々鍼灸師不妊症で女性の患者さんを扱う場合に、最も注意すべきことの一つとして、卵管の閉塞がないことが大前提である、というお話もされました。卵管が詰まっていると、いくら鍼灸で身体のコンディションを整えても、卵子精子が出会うことができないからです。必ず先に検査をして、卵管の閉塞がないことを確認してから、鍼灸に取りかかるべきなのです。この点をあいまいにして治療に取りかかると、後から訴訟問題になることもあり得ます。懸命な思いで不妊治療に取り組んでおられる方の大切な時間を徒に奪う結果にもなりかねません。

 

その他、以下の様なお話をされました。

鍼灸治療は、身体のコンディションを整え、妊娠しやすい状態に持っていくにはとても有効な方法です。このことは女性のみならず、男性のEDにも有効です。

〇女性の不妊の最大の原因は、日本人の場合、身体の冷えであり、内部の子宮・卵巣周りも冷えています。お灸でお腹を温めると、卵管がより通りやすくなります。

〇子宮・卵巣周囲の内蔵脂肪(中医学で「痰湿」という)が増えると、妊娠にも支障をきたすので注意が必要です。

〇元気な精子を育てるために、男性はまず、禁煙、ビタミンC・Eの内服、そして下着は風通しのよく睾丸の温度を上げすぎないトランクスを着用するのがよいです。

 

実際の治療方法として(専門的な話になりますが)

〇温灸器で耳を温めたり、鍼治療を行うこと。不妊治療に耳というと驚く方が多いと思いますが、東洋医学では耳は腎臓・副腎など生殖器官に密接な場所に直接つながると説いています。この耳へ直接治療することで、生殖器官の状態も整うのです。

〇「妊娠三穴」三穴とは「三つのツボ」という意味です。不妊治療に欠かせない三つのツボというのは、卲輝先生によると、神闕(しんけつ)、気海(きかい)、気衝(きしょう)を指します。神闕というツボは、おへそそのものです。また気海は下腹部丹田のあたり、気衝はそのもう少し下の脚の付け根(鼠径部)の内側にあります。これらを温灸で温めますが、熱すぎても卵子を傷つけるので加減が大切になります。

〇八髎(はちりょう)これはお尻の中央の仙骨部に集まっているツボのことです。その中でも特に「上髎」への鍼灸を奨励されました。このように後側から骨盤内を温めることも子宮・卵巣の冷え対策には欠かせません。身体の緊張を緩め、皮膚温度を上げ、排卵数も増加するということです。

〇督脈(とくみゃく)これは背骨に沿ったラインに首筋から仙骨に至るまで縦に並んでいるツボです。その中でも特に「至陽」「命門」といったツボが重要になります。

〇背部兪穴(はいぶゆけつ)背中前面に五臓ごとに整然と並んでいるツボです。特に「心兪」「肝兪」「膈兪」「腎兪」などが硬くなっていることが多く、ここへ鍼灸治療を行います。

〇舌の状態をよく確認する。中央に縦の割れ目が入っている場合、胃の不調と共に、心腎の不調(心血と腎陰)、痰湿の停滞と冷えの存在を疑い、治療方針の参考にする。

〇唇の黒さで瘀血(おけつ=巡りの悪い血液)の存在が分かった場合、体力の不足している患者さんの場合は、いきなり肝経を使わず、脾経を補ったり、胃経を瀉したりして対応する。

補腎と降気(緊張して頭へ昇っている気を下へ下ろす)・つまり、リラックス効果の両方に効果のあるツボとして、足底の湧泉(ゆうせん)を温める。

 

当日のお話の最後に先生は

「世界中に不妊でお困りの人たちがたくさんおられます。我々鍼灸師はそういう方々ののためにできることがたくさんあります。頑張って一生懸命治療して上げて下さい。きっと喜んでもらえるでしょう。」とおっしゃいました。

現代医学の不妊治療と併用する場合でも、その効果を上げるためには、母体の状態が良くなければなりません。ちょうど畑を耕して、水や肥料、日光を受け止める素地を作ろうとするようなことだと思います。

ロスアンゼルス鍼灸研修の報告と感想  ~アメリカで日本の鍼灸治療を求める人々~

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当ブログへの掲載が遅くなりましたが、今年のゴールデンウィークロスアンゼルス鍼灸研修に行って参りました。日本でお世話になっている徳島の大上勝行先生という著名な方がLAの日系人鍼灸師会から講演会を依頼されたのですが、そこへ同行させて頂き、向こうの方々と一緒に講義を受け、見聞を広げて参りました。アリゾナ、テキサス、カナダのバンクーバーなど、カリフォルニア州以外からも熱心な鍼灸治療家が集まり、熱心に講師のお話と実技披露に耳目を傾けました。

 

 

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(講義を熱心に聞く受講生たち。通訳の方が優秀で皆大助かり。)

 

 

彼らが日本の受講生と違うのは、その質問の積極性とレベルの高さです。日本人の場合、「こんなこと聞いたら馬鹿にされるのでは」とか「叱られるのでは」とか、「こんな質問してもし講師が答えられなかったら恥をかかせるのではないか」とかの忖度が働きます。狭い村社会で嫌われることを極端に恐れる文化背景のせいでしょうか。その結果、ただ一つの質問もないまま静かに終了、という滑稽な勉強会もあります。

 

 

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(脈診の実技講習)

 

そういう現状にいつも物足りなさを抱いていた私にとって、アメリカの人たちの遠慮ない質問ぶりはとてもすがすがしく好感の持てるものでした。彼らの思考は、「理解できないから質問して教えてもらう」というシンプルなものなのです。

 

 

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(診察学の基礎講座)

 

アメリカで教育が行われ、実際に採用されている鍼灸治療は、主に現代中国医学中医学)に基づくものが主流で、いわゆる「経絡治療」に代表される日本的な方法はごくごく一部の人によってしか行われていません。これは人口の多さもあって世界中どこへいっても勢力を持っている中国人のネットワーク力に力負けしていることも一因でしょう。

 

しかし、実際にそういう状況下にあるアメリカにおいて、敢えて日本式の鍼灸を学びたいという方がいるのはとても興味深いことです。彼らにこの辺りのことを尋ねてみたところ、皆一様に初学の頃は、身の回りに学ぶ機会の多い中医学から入るのですが、何らかの理由があってそのやり方では満足できず、より詳細、繊細な診察・治療方法を求めて日本の鍼灸を学びに来られているということが分かりました。決して中医学式がおおざっぱというわけではありませんが、治療家というものは自分の治療を深めてゆくにつれて、求める方向性に違いが出てくるものです。

 

 

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(お昼ごはん風景。この日はタイ料理)

 

ここで「日本の鍼灸」と言っているやり方は、主に戦前(昭和10年代)に柳谷素霊とその高弟の先生たちによって根本から再構築された古典的な方法を指しています。鍼を打つたびに微妙に変化する脈の状態を確認し、次に打つ手を考えると言う日本人の感性に基づいたとても慎重な方法を取ります。

 

 

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(講師と受講生全員での記念写真)

 

 

鍼灸は日本のやり方も、中国のやり方もそれぞれに難しいもので、どちらが優れているなどと一概に言えるものではありません。ただ、どちらでのやり方でやるにしろ、大切なことは刺激量(ドーゼ)をオーバーしないということです。患者さんひとり一人の身体状況に合った鍼灸治療をせねば、却って敏感な患者さんをしんどくさせてしまいます。経験値の少ない者がベテランの真似をして、いい加減な治療をすると、たちまち適正な刺激量(ドーゼ)をオーバーしてしまい、治療は失敗します。巷にはほとんど知られていませんが、鍼灸というものは診察も治療も本当に難しいのです。

 

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(アメリカの鍼灸師漢方薬も扱えます。)

 

余談ですが、一般の人が鍼灸についてほとんど知識がないのは、一説にはNHKが全く触れようとしないことにあると言います。NHKの流布する情報は西洋医学に偏していて、私などは日頃悔しい思いをすることも少なくないのですが、考えて見ればこれも理解できなくはありません。

 

鍼灸はその診察と治療があまりに奥深く難しいので、施術する人によってその効果がまさに「月とすっぽん」ほども違ってきます。長年の臨床経験に基づき、素晴らしい治療をする先生がいるかと思えば、免許取得以後はほとんど勉強しないで理論的根拠のないお粗末なことをしている者も少なくありません。

 

国民の常識を作る公共放送としては、そんな不安定であいまいに見える医療を、ひとまとめに「鍼灸」として世に紹介するわけにはいかないのでしょう。この点、西洋医学の診察・治療は全国どこへ行っても共通している点が多く、その意味で安心できます。

 

とにかく、アメリカの学生さんたちは、熱心でまじめで、日本から行った我々も大いに影響を受けて帰って来ました。

 

もうひとつの反省点は、私自身の英語力の問題です。日常会話はある程度はできても、専門の鍼灸医学、漢方医学について掘り下げた議論、質疑応答をするだけのレベルには到達していなければ、本当の意味で彼らと交流することはできません。そこで帰国してからラジオ講座を聞き始めています。一緒に行った友人たちも私の勧めで聴いているそうです。NHKのお世話になっているのです。

 

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(最終日のレセプションパーティにて。)

魚がいなくなった賀茂川のことにみんな気付いているのだろうか。  世界遺産の名に恥じる惨状。

世に言う「エコロジー」というのは口先ばかりであろうか。賀茂川の流れの中をのぞけば悲しくなる。魚がほとんどいない。生き物がいない。川で遊ぶ子供の姿もない。釣り人もいない。冬にシベリアから来る渡り鳥も減ってしまった。ただよく整備された河川敷は美しく見える。川の中は瀕死の状態。

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確かに五月の新緑は美しい。しかし、ひとたび視線を川の中に向けた時、その姿は虚無的である。生き物がいない川の寂しさは筆舌に尽くしがたい。生き物がいない川は、死にかかった川。そう思うと河岸を散歩する気にもなれない。加茂川の河畔を歩くことを楽しみに引っ越してきたというのに。

 

昔を知るお年寄りたちはちゃんとこのことに気付いている。自然界の危機に。でも若い人たちはどうだろう。初めからこんなものだったと思っているのではないか。子供たちも塾通いとゲームに興じていればこんなこと関係ない話。この有り様にいったいどれだけの人が気づいているのか。「有り様」と言うよりも「惨状」と言う方がふさわしい。

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五月と言えば、鯉の産卵の季節、河岸に草が生い茂っていた頃には、たくさんの鯉が集まり、産卵と放精が行われ、それはそれはすばらしい自然の理科教材であった。かつては、オイカワ、コイ、フナ、カワムツ、モロコ、タナゴ、メダカ、カマツカ、ドンコなどの清流の小魚たちの楽園であった。冬に飛来するカモ類の種類も以前はかなり多かった。図鑑で調べるのが楽しかった。しかし今ではその種類もずいぶん減少してしまった。特に鳥類に関してはこの数年だ。

 

初めからこうだったわけではない。つい10年ほど前までは、この季節になるとたくさんの小魚が群れて泳いでいた。北大路橋の上から時が経つのを忘れていつまでも眺めていた。魚が豊富にいるということは、生態系がちゃんと機能しているということだ。皆にちゃんと見てほしい、この惨状を。流域に上賀茂神社下鴨神社もあるこの河川がこんな有り様では世界遺産の名に恥じる。自然の本来の姿に目を背け見ようともせずに何がエコだ、何が世界遺産だ。

 

近年増えた河川工事のあまりの多さと川の荒廃の関係を調査する機関はないのか。工事そのものが悪いと言っているのではない。橋を造り変えたり、過度に堆積した土砂を撤去したり必要なこともあろう。しかし、十歩譲っても心の痛む光景がある。それはキャタピラを履いた重機がかなりの高速で川底を走り回り、生き物が営巣する中州を、根こそぎ取り去ってしまう河川工事のやり方だ。こんな乱暴なやり方ではあらゆる生物の次の世代が死滅する。生態系が壊れれば、当然川の水は濁る。人の体だって手術ばかりしていれば弱ってしまう。京都市の学術調査機関は機能しているのだろうか。

 

もう賀茂川を愛することをやめてしまおうか、とさえ思う。愛することをやめてしまえば、解放される。悲しく思うことからも、苦しく思うことからも。そうなれば平気な気持ちで賀茂川を散歩することができるようになるだろう。でもその時はもはや、虚無感に包まれた物分かりの良さが、自分の目から本来の光を奪い去っているであろう。

 

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