外界から強いストレスを受けると身体は一時的に沈黙する

 今夕治療にみえた患者さんのAさん(四十代女性)、主訴は腰痛と左膝の痛みです。

 今春の初診以来、多少の再発を繰り返しながらも、少しずつ良くなっています。主訴の改善以外にも、当院で施術を受け始めて以来、それまで慢性的に苦しんだ首肩の痛みや頭痛があまり気にならなくなり、日々の眠りも深くなったと言ってくれています。

 この方のように、ご自身の変化を客観的に観察できるタイプの患者さんは、我々施術者側からするととてもありがたいのです。治療効果を自らの心身で感じ取って下さるからです。そういう前向きな明るい感性の人は、我々が治癒の状況を逐一説明しなくても、自分で気づいて希望を見出してくれます。そうするとますます治りが早くなります。

 病気というものは一直線的には良くならず、再発を繰り返しながら少しずつ改善していくものです。この再発の要因として、日常のストレスによる自律神経系の乱れが第一に考えられます。

 Aさんの場合は、まず、職場でのつらい姿勢を取りながらの長時間労働が挙げられます。(姿勢だけでなく、お客さんの視線を感じながらの精神的緊張も同時に強いられている)また、資格取得のための講習会で出会った講師から言われた辛辣な言葉。更には、某医療機関での注射痕を膝関節に残すような鎮痛剤の注入、(目的とする鎮痛の役割を果たすことなく、むしろ痛みと患部の腫れを悪化させる結果となり、精神的にもずいぶん怖い思いをした、とのこと。)など。この方の場合に限らず、人が社会から受けるストレスというものは枚挙に暇がありません。

鎮痛剤注入後にできた注射痕

 またAさんのように一人暮らしの場合はそのダメージに対して孤独に耐えねばなりません。そういう方々にとってもたとえわずかでも出来ることがあればこれほど嬉しいことはありません。

 さて、このような外界からの圧力(プレッシャー、あるいはストレス)を感じ取った心と身体は、自己防衛のために鎧(よろい)のようなものをまといます。それが身体の硬さとなって現われてきます。あるいは身体に触れたり押さえたりした時の痛みとして出てきます。そこがいわゆる経穴(けいけつ・いわゆる「ツボ」)であることも少なくありません。経穴は何かを表現しているのです。身体が言わんとすることを痛みによって代弁しているので、そこを治療者が読み取って適切な処置をせねばなりません。

 ところが、場合によっては、心身共に様々な打撃に遭っているのにもかかわらず、ツボに、触ってみてもまるで痛みがない場合もあります。(私は重要な診察診断ポイントとして頸椎周辺の経穴を診ます。)一見何事もなかったかのように。いわば「ポーカーフェース」です。気苦労もたくさん、しんどい目にもあっているはずなのに、首肩にそれほどの圧痛(あっつう=押さえた時の痛み)が無い場合があるのです。あまりにひどい目に合うとショックのあまり本音を隠そうとするみたいに。

 そこで鍼の出番です。お腹や手足に浅い鍼を優しく一本、二本…と丁寧に刺していくと、徐々に本音を表わしてくれます。隠していた本当の顔を見せてくれるのです。つまり、初めは無かった痛みがツボに出てくるのです。これは悪化したのではなく、身体があたかも「心を許して」本音を言い始めてくれているのです。場合によっては、痛みが左にあった圧痛が右に移動することもあります。右にあったものが左に移ることもあります。あるいはもともと痛かった所とは違う場所にいったん「集合」することもあります。

 そうなればむしろしめたもので、それらを手掛かりとして新たに知恵を絞って施術を進めていきます。難しいですが、少しずつ身体の緊張がほぐれていくのを見ることは楽しい作業でもあります。鎮痛剤で表面的に処理するのもケースバイケースで必要ですが、このように自らの治癒を目指して身体が動こうとしていることのお手伝いをする医療の形態も世の中には必要だと思います。

 それにしても実に不思議です。本人の意思とは関係のないところで身体は様々に動いているのです。我々の知覚できることはほんのわずか、深い湖の水面に浮いた枯れ葉程度のことなのかもしれません。

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)