東尋坊の茂幸雄(しげ ゆきお)さんにお会いして来ましたー水際で自殺を防ぐ人たちー

  7月22~23日の連休、かねてよりご著書やyoutubeを通じて存じ上げていた東尋坊の茂幸雄(しげ ゆきお)さんに会いに行ってきました。特にアポイントは取らずに出かけました。京都から下道で約200kmの道のりを250ccのオフロードバイクで出掛けました。

 

 元警察官の茂さんは、在職中より東尋坊を巡回し、ここを終焉の地として選ぼうとしている人に声掛けをして多くの方の命を水際で救ってこられた方です。2004年3月の定年退職直後の4月、NPO法人を立ち上げた後も、会員や支援者の方々と共に東尋坊の巡回を続け、死の瀬戸際にいる人に声掛けをし、社会福祉に関係する手続き等を含めた人生再出発のための支援活動に尽力されてきました。

 

 「自己責任」という言葉が横行し、「死ぬなら勝手にどうぞ」と言わんばかりの冷淡な風潮さえ見られるこの日本で、このような地道な活動を長年にわたってされてきた茂さんには以前より敬服の情を持っていました。直接お目にかかって、たとえわずかでもお話しすることができれば、きっと目に見えない良い影響を与えてもらえるのではないか、と思ったのです。

 

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元警察官の茂(しげ)さんの本

 ご著書を読むと、思い詰めて自殺を考える人の背景は実に様々です。何が彼らをそこまで追い詰めたのか、その理由は様々で一口には言えません。しかしどんな人にも絶対に自死してはならぬ尊い命がある、という強い信念のもと、茂さんとその仲間の方々は日々奔走されているのです。

 

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 「おろしもち」と大きく書かれた茂さんのお店。東尋坊へ行く土産物店の中の一角にありました。

 

 ご著書にも書かれていますが、2006年に「自殺対策基本法」ができた時に、「自殺は本人だけの問題ではなく」、「社会的に自殺に追い込まれた、社会的責任のある“死”であり」、「自殺は避けられる死である」と結論付けられたのです。こうしてようやく自殺は「個人の問題」から「社会全体の問題」へと位置付けが変わったのです。自殺はある意味で「社会的他殺行為」であり、「追い詰められた要因を取り除く」取り組みが始まったのでした。

 

 茂さんは一警察官として早くからこのような事の本質に気づき、信念と行動力をもって、決して事なかれ主義に流されることなく生きてこられました。

 

 

 私も市井の一治療家として、そのあたたかな心に一寸でも触れてみたいという思いがありました。身体の痛みを訴える方の中にはいろいろな思いを抱えた人がおられるのです。

 

 

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 朝いちばんからお作りになるというお餅はとてもやわらかくて冷たくて美味しかったです。おろし大根ととろろ芋がかけてありました。保護した人をお連れしてまず食べさせてあげるそうです。優しい味がしました。

 

 

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茂さんが「進呈」して下さった今年発刊の小冊子

 

 「茂さんの本を読んで京都から来ました」というと、今年刊行された最新の冊子を一冊私に下さいました。東尋坊が「自殺の名所」として名を馳せることに懸念を抱く地元の人も少なくないでしょう。きっと冊子に書く内容にもずいぶんと気を使われたはずです。

 

 小冊子の前半は東尋坊の魅力について、後半部分に、行き場を失って彷徨って来た人の後ろ姿の写真が多数掲載されています。後ろ姿のためお顔はわかりませんが、皆一様に寂しいオーラをまとっています。「そういう人は一目でわかる」と茂さんは言われます。

 

 「そういう人」が多いのは春から秋にかけてで、冬はまずいない、のだそうです。冬の日本海の荒波は自殺志願者さえも震え上がらせるのでしょうか。「こんな暑い真夏でもおられるのですか」と尋ねると、「今日は連休でたくさんの観光客がいてにぎやかだけど、ふだんはひっそりとしたもの。そういう人は真夏でも来られる」とのことでした。

 

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断崖の上の公衆電話ボックス

 

 東尋坊の断崖へ足を運んでみると、夏草の生い茂る中に近頃あまり見かけなくなった公衆電話ボックスがありました。中には思いつめた人へのメッセージや、新聞記事、そして無一文の人でもSOSの電話を掛けられるようにと、10円硬貨がたくさん置かれていました。これらは茂さんとはまた別の「月光仮面」と称される本名を明かされない方からの善意なのです。茂さんは元警察官ですが、「月光仮面」さんは一般のビジネスマンだった方のようで、こちらも退職後にこのような活動に心血を注いでおられるそうです。

 

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電話ボックスの中にはメッセージと新聞記事が

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月光仮面」という名の有志の方による通話用の10円硬貨

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東尋坊の断崖の小径

 

 

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 足がすくむ高さです。このようなところから飛び降りようとは普通の精神状態なら恐ろしくて考えることもできないことです。追い詰められた人はその正常な恐怖心さえももはや失ってしまっているのです。しかし、最後の最後の生きる望みは失っていないのです。だからこそ、茂さんや月光仮面さんらの言葉が心に響くのです。本当に死にたい人なんかいないということがわかります。皆引き留めてもらうのを待っているのです。どこまでも生きようとするのが人の本能なのです。

 

 福井から帰り、今あらためて茂さんの本を読み返しています。私自身はこの取り組みにまだ何も参与していませんが、茂さんやそのお仲間、月光仮面さんのお心の在り方には言葉では表現できない影響を受けています。

 

 帰り際には茂さんに握手をしてもらいました。そのせいかどうかは分かりませんが、帰って来てから患者さんに鍼をした時の「気の至り」(鍼治療が効いている時に治療者の手に伝わってくるごく微小な振動のような感覚)が鋭くなっているようにも思えます。たとえそれがまさに「気のせい」であったとしても嬉しい気持ちがします。

 

(茂さんのお写真も一枚撮らせて頂きましたが、ブログへの掲載承諾をもらうのを忘れて帰って来たので今は掲載いたしません。)

 

石田鍼灸 京都北山 (ishidashinkyu.net)